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2024-01-12

劇団素描・「劇団新」・《若手台頭の「名舞台」二つ》

【劇団新】(座長・龍新)〈平成25年11月公演・みのりの湯柏健康センター〉
昼の部、芝居の外題は「竹とんぼ」。幼少の頃、父親に作ってもらった竹とんぼを髪に挿しながら、その父を探し続ける旅人(龍錦・16歳)の物語である。ある茶店で土地の与太者(秋よう子)に襲われた娘(千明ありさ)を助け、その娘の一家に草鞋をぬいだ旅人、娘に見初められてしまったが、一家の代貸し(座長・龍新)や、その子分(千明みな美・好演)は面白くない。いずれは、親分(指導後見・龍児)を除けて跡目を継ごうと企む代貸しと旅人の「対決」が見所だと思われるが、私は(舞台に色を添える脇役として登場した)一家の三下役・豆太(小龍優・13歳)の「達者振り」に舌を巻いてしまった。芸達者が揃う座員連中に混じって、一歩も引けを取らない「堂々とした」舞台度胸は、ただものではない。(ベテランの)下女役・おなべ(千明あず美)との「色模様」も格別、さらに言えば、娘に焦がれたが、けんもほろろに振られまくる子分役、千明みな美の風情もたまらなく魅力的・・・、要するにこの舞台、筋書きの本筋以上に、脇役陣の「見所」満載といった景色で閉幕となった。夜の部、芝居の外題は「三人出世」。故郷の河内を出て一旗揚げようと江戸に向かった、若者三人の物語である。誰が一番出世をするか、三年後に日本橋で落ち合おうと約束して別れたが、「生き馬の目を抜く」ような江戸で身を立てることは容易ではない。三人とも、食い扶持にありつけず「身投げをしよう」と覚悟したが、その時、助けてくれた人の「差異」によってその後の運命は一変する。島やん(千明将人)は大金持ちに助けられ今では立派な「高利貸し」、(愚図の)友やん(龍児)は、温情豊かな親分(秋よう子)に助けられ今では(頼りない)「十手持ち」、不運だったのは定やん(座長・龍新)、大泥棒に助けられ今では「怪盗定吉」と手配書がまわる「追われの身」。三者三様の運命が「絡み合い」、大詰めの「涙」に結実化する展開はお見事、これこそ大衆演劇の「真髄」、関東人情芝居の醍醐味を十分に堪能することができた。この舞台もまた見所満載、龍児演じる友やんと、秋よう子演じる親分の(コミカルな)「絡み」は絶品、とりわけ、ドジで間抜けな友やんの風情と、その頭を叩きながらたしなめる親分の呼吸もピッタリで、抱腹絶倒場面の連続であった。「追われの身」定やんの景色も秀逸、身をやつした黒装束の中に、生来の侠気、温情も秘められ、文字通り「悲運のスター」の気配が散りばめられる。また、島やんは、(これまでの)ベテラン・立花智鶴に代わって若手・千明将人?(確証はない)、「幸運」の上に胡座をかいている傲慢さ、友やんの諫言を聞きながら次第に力が脱け、「改心」(反省)して土下座をするまでの「一瞬・一瞬の」の表情・所作が素晴らしい。思わず「あの役者さんは誰、この劇団にあんな人いたっけ?」と心中で呟いてしまった。
 かくて、これからの「劇団新」は《若手台頭》の最盛期、従来にも増して数々の「名舞台」が演じられるだろう、と確信しながら帰路に就いた次第である。感謝。
竹とんぼ竹とんぼ
(1998/05/21)
堀内孝雄

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2023-12-14

劇団素描・「劇団新」〈芝居「悪党」&龍児の絶唱「ひばりの佐渡情話」〉

【劇団新】(座長・龍新)〈平成27年10月公演・新潟古町演芸場〉
 新潟市万代島「ぴあバンダイ」の「佐渡回転寿司・弁慶」で昼食後、観光循環バス(朱鷺メッセ先回りコース)に乗車、朱鷺メッセ、歴史博物館、北前船の時代館、北方文化博物館分館、安吾風の館、マリンピア日本海、新津記念館、白山神社を巡り、東堀通六番町で下車、「古町演芸場」に向かう。午後1時から昨日に引き続き大衆演劇観劇。「劇団新」(座長・龍新)。今日は、飛鳥光輝の「17歳誕生日公演」とあって贔屓筋の賑々しい空気が漂っていたが、特別な趣向はなく、いつも通りのプログラムで始まった。芝居の外題は「悪党」。「劇団朱光」(座長・水葉朱光)が演じる芝居「天保六歌仙・美賊の顔役」と同じ内容であった。しかも、私は今から丁度4年前(平成23年10月)、ここ古町演芸場でその演目を見聞していた。今日の舞台の配役は、河内山宗俊に指導後見・龍児、金子市之丞に座長・龍新、暗闇の丑松に龍錦、片岡直次郎に飛鳥光輝、直次郎の母親に秋よう子、伊達家の姫君に龍小優、腰元に千明ありさ、お菰連中に立花智鶴、飛鳥ななという面々である。筋書きは単純。直次郎が大阪在住の母に「一国一城の主になった」と嘘の手紙を書く。真に受けて喜んだ母、その様子を一目見ようと江戸に上ってきたのだが・・・。「どうしよう、嘘がばれてしまう」とあわてる直次郎に、金子市がいわく「親が居るのはお前だけ、みんなで親孝行の真似事をしてやるから安心しろ」。かくて空き家同然の伊達家の屋敷を舞台に、一同が珍奇な「侍芝居」を演じるという次第。空き家に住み着いていたお菰連中を腰元に、直次郎は若君、河内山は家老、金子市、丑松は家来衆になりすまし、母を招き入れささやかな宴を催した。しかし、母と直次郎が席を外すと,現れたのは屋敷の主、伊達家の姫君!「これはいったいどういうことじゃ」と訝れば、平伏して事の次第を申し上げる金子市と河内山、その場は収まったが、たちまち屋敷は町方衆に取り囲まれてしまった。やむなく直次郎と母を大阪に逃れさせ、自分たちは切り死にする覚悟を決めたのだが・・・。母親、金子市に向かって「日本橋で待っています。必ず見送りに来て下さい」という言葉が気になったか、囲みを破って日本橋に駆けつけた。母親、「ありがとうございました。直次郎の嘘話は、初めからわかっていました。直次郎のために命を懸けて下さるお仲間の温情を思えば、直次郎を連れて帰るわけにはまいりません。どうか、皆様と一緒に死なせてやってください」と懇願して退去した。やがて追っ手が迫り、キッとして立ち向かう金子市と直次郎、その「だんまり」のまま閉幕となった。この芝居の眼目は、アウトロー同士の絆と親子の情愛、その絡み合いをどのように描出するか、といったあたりだと思われるが、それは難業である。「劇団朱光」の舞台と比べれば、母親役の水葉朱光よりは秋よう子の方が「上」、河内山の風情は水城舞坂錦より龍児の方が「上」、金子市の水廣勇太、龍新は「同等」、丑松は水嶋隼斗より龍錦が「上」、肝心の直次郎は、水谷研太郎より飛鳥光輝が「下」といった按配で、甲乙はつけがたい。しかし、「劇団朱光」には登場しなかった伊達家の姫君、龍小優の凜とした「立ち姿」は絶品、むさくるしい「野郎劇」の中では、一際あでやかな光彩を放っていた、と私は思う。
 第二部、グランドショーでは、指導後見・龍児の歌唱「ひばりの佐渡情話」が圧巻、その風貌(55歳)とは対照的なファルセット(裏声)が「えもいわれぬ」情感を醸し出す。私は平成20年以降、7年間に亘ってこの劇団の舞台を見聞し続けているが、龍児の歌唱がこれほどまでに鮮やか、巧みであることを知らなかった。なるほど、旅役者の実力は半端ではない。また、いつ、どこで、誰が、このような「至芸」を披露してくれるかわからない。大衆演劇の「不可思議」な魅力はどこまでも続く・・・、などと思いながら帰路の新幹線に乗り込んだのであった。



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2023-12-13

劇団素描・「劇団新」・《芝居「地獄の祝言」の舞台模様》

【劇団新】(座長・龍新)〈平成27年10月公演・古町演芸場〉
私が最後にこの劇団の舞台を見聞したのは2年前(平成25年11月)である。当時の座員であった千明みな美、千明将人の姿はなく、新たに飛鳥光輝、飛鳥奈夏(奈→菜?)という名札が加わっていた。芝居の外題は「地獄の祝言」。一家親分の妹(千明ありさ)に見初められた新入りの子分A(座長・龍新)、親分(秋よう子)から妹の縁談話をもちかけられ、いったんは断ったが、「たっての頼み」ということで承諾した。その様子を窺っていた一家の兄貴分B(飛鳥光輝)は面白くない。一家の乗っ取りを企んでいる用心棒の侍(龍錦)に奸計を耳打ちされて実行に及んだ。ややあって、一家はたちまち火の海、駆けつけた子分A、兄貴分C(指導後見・龍児)が止めるのも聞かずに、その中へ飛び込んだ。ようやく婚約者の妹を助け出したが、顔面には大きなヤケド・・・。その事件を境に、子分Aの縁談話はプッツリと立ち消えてしまった。絶望した子分Aは、妹(龍小優)の心配をよそに酒浸りの日々を送っていたが、そこへ兄貴分Cが正装して訪れた。「祝言の話を持ってきた」。「そうか!やっぱりお嬢さんは待っていてくれたのか」と小躍りするAにむかって、Cいわく「祝言の相手はお前ではない。Bだ!}「何だって?」激高するAを諫めて「くやしいだろうが我慢しろ。これから祝言の席に出向いて挨拶をするんだ」「嫌だ!嫌だ!」。・・・・、しかし、大恩ある親分のためAは堪えて宴席に赴いた。待っていたのは「何しに来た!ここはお前のような化け物のくるところではない。とっとと消え失せろ」という親分の罵声だったとは。子分A、たまらず親分に斬りかかろうとしたがCに止められ、一時は我慢した。帰り際には再び一同の哄笑・罵声浴びせられ、やむなく帰路に就いたが胸中は収まらない。独り、とって返すとB、親分、子分衆を次々にめった斬り、とどめは花嫁を刺殺して自分も腹を突く。まさに「地獄の祝言」の景色そのままに閉幕となった。この芝居の眼目は「愛の不条理」、愛する女に裏切られた男の、「どうしようもない淋しさ」の描出にあると思われるが、そのためには男を狂わせる女の妖艶さが不可欠、花嫁姿の千明ありさには、まだ「荷が重すぎた」かもしれない。座長・龍新の演技が真に迫れば迫るほど、「空回り」の感があったように、私には思えた。また、仇役子分Bの飛鳥光輝もまだ入団まもない17歳とあっては、まだ「迫力不足」、恋敵の「憎々しさ」の描出までには相当の時間が必要であろう。指導後見・龍児の口上では、「100点満点とすれば今日の出来映えは2点です」とのこと、今後の精進を期待したい。また、千明みな美は「寿退団」し、まもなく男児をもうけた由、御同慶の至りである。グッドラック!
 明日は、飛鳥光輝の「誕生日公演」とやら、「もう一回、観てみようか」、かすかな期待を込めながら帰路に就いた次第である。



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2023-09-27

劇団素描・「劇団 新」・《芝居「雪の夜話」》

【劇団 新】(座長・龍千明)〈平成20年7月公演・小岩湯宴ランド〉
 劇団紹介」によれば〈プロフィール 劇団新 東京大衆演劇劇場協会所属。昭和61(1986)年10月、龍千明が座長として「劇団炎」を旗揚げし、その後、平成5(1993)年1月1日、「劇団新」として再出発した。座長が1年半ゲスト時代に出演した劇団からいいところを吸収して「劇団新」のカラーが生まれた。座長のオリジナル狂言は100本以上もあり、演歌の歌詞に触発された現代物のお芝居も多数ある。 座長 龍千明 昭和35(1960)年5月15日生まれ。血液型AB型。山口県出身。「劇団新」座長。初舞台3歳。昭和61(1986)年10月、26歳で「劇団炎」を旗揚げし座長となる。5年間活動するが、一時休止。その後1年半ゲストとして各劇団に出演。そして平成5(1993)年1月1日、「劇団新」として再出発。龍新(りゅう・あらた) 平成3(1991)年3月2日生まれ。血液型B型。埼玉県出身。「劇団新」花形。初舞台0歳。龍千明座長の長男。将来「劇団新」を担う逸材で、これからの成長が楽しみ。美しい女形と派手で柔軟な立ち役で、人気上昇中。〉とある。また、キャッチフレーズは〈オリジナルの芝居にこだわる劇団。他では見られない座長オリジナルの狂言の数々。若手とベテランがうまく絡み合った舞台をじっくりとお楽しみください。〉であった。昼の部、芝居の外題は「兄弟鴉 瞼に浮かぶ母」、〈瞼の母〉の忠太郎が「新三郎」(花形・龍新)と名前を変え、新三郎には「弟」(子役・龍錦、好演)があったという筋書き。そのあたりがオリジナル狂言という所以だろうか。出来映えは「水準並み」、いかにも「関東風」という風情で、敵役の親分夫婦(龍千明、立花智鶴)の「やりとり」には「いい味」が出ていた。座長・龍千明の役柄は、敵役で三枚目だが、知る人ぞ知る「南道郎」のような芸風で、関東の客にはたまらない。この「実力」なら、デン助芝居もできるだろう。(秋よう子、立花智鶴と「しっかり」組めば、「大宮敏光」を超えられるかもしれない)。花形・龍新の「新三郎」(番場の忠太郎もどき)は、風貌の魅力は申し分ないのだが、「やるせなさ」「母恋しさ」「寂しさ」の風情を描出するのが「今一歩」、そのためには「ふっと力を抜く」技(肩の力を抜く、表情を曇らせる、うつむく、目をつぶる等々)を体得する必要があるだろう。「瞼の母」(番場の忠太郎)は、歌唱であれ、舞踊であれ、芝居であれ、「大衆演劇」の基礎・基本、バイブルといっても過言ではない。「こんなヤクザにだれがしたんでえぃ」といった「親にはぐれた子雀」の「甘ったれた」風情と「どうしようもない寂寥感(絶望感)」を、どうやって描出するか・・・、が問われることになる。早い話、龍新が、実父・龍千明から(実生活で)「はぐれれば」(捨てられれば)、いとも簡単にその「風情」を出すことができるわけ(事実、そうした経験のある役者は、舞台に立っただけでその「風情」を「地で」「見事に」描出している)なので、大切なことは、「もし、はぐれたら(捨てられたら)」という気持ち(心情)を想像することだと思う。来年1月には座長を襲名する由、ぜひとも課題の一つとして精進してもらいたい。夜の部、芝居の外題は「雪の夜話」、小諸の百姓兄弟の兄(秋よう子)が「鷹狩り」に来た三千石の大名に気に入られ、奉公。さらに、その娘(立花智鶴)にも気に入られて婿養子に。兄弟の父(座長・龍千明)も大名家に「舅」として迎えられたが、実際は、嫁からいびられて「下男」扱い、その「いびられ方」が天下一品、いびっている嫁(立花智鶴)の方が「吹き出してしまう」様子で、抱腹絶倒。筋書きとしては「悲劇」だが、景色としては「喜劇」という、まさに「至芸」そのものの舞台であった。芝居の「実力」(冴え)においては「関東随一」といっても過言ではないだろう。筋書きは、兄のために人を殺めて島流しにあった弟(花形・龍新)が登場、その諫言によって兄・兄嫁が「改心する」という大衆演劇の定番で、ハッピーエンド。「関東風」の「教科書」を観るような舞台ではあった。
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2023-06-20

劇団素描「劇団 新」・《女優・秋よう子の「実力」》

 龍千明(1960年生まれ・48歳)は、今年いっぱいで座長を長男・龍新(1991年生まれ・17歳)に引き継ぎ、来年からは「太夫元」として劇団を運営していく由、まさに「カウントダウン」の舞台を務めている。関東の劇団は、「義理人情」の描出よりも「粋」「いなせ」な風情に重点を多く芸風が目立ち(古くは、歌舞伎世話物、新しくは石原裕次郎タイプ)、ややもすると「きめの細かさ」に欠ける傾向(ええ、めんどくせえ、てやんでぃ、べらぼうめえ式)が感じられるのだが、この劇団は「オリジナルな芝居にこだわる」というキャッチフレーズにあるとおり、それぞれの役者が「適材適所」で貴重な個性を発揮している。昨日、今日と「兄弟鴉・瞼に浮かぶ母」「網走残侠伝・口笛吉五郎」という外題の芝居を見聞したが、いずれも、「絵になる」舞台で、「江戸前の大衆演劇」を堪能することができた。幕開けで最も大切なことは、「瞬時に」客の視線を舞台に集めることだと思われるが、そのためには、まず「張り詰めた」「無言シーン」(立ち回り)からスタートするという演出は、いかにも「現代的」「関東風」である。かといって、「武張った」男くさい場面が続くわけではない。女優が「立ち役」にまわり、艶やかな風情を醸し出す。特に、千明みな美の「活躍」(意欲)、秋よう子の「実力」(舞台経験)は、半端ではない。座長・龍千明、花形・龍新が、どんとぶつかっていける役者は、秋よう子をおいては他にはいない。「兄弟鴉」では瞼の母・おはま(生みの親)、「網走残侠伝」では十手持ちの女親分(育ての親)を演じていたが、その「表情」「所作」といい、「口跡」といい、「落ち着いて」「ぬくもりのある」舞台姿は絶品、安心して「身を任せられる」(その演技に浸ることができる)数少ない役者だと思う。舞踊ショーでは、「男の花道」を踊ったが、まさに「至芸」、私の脳裏から消えることはないだろう。 
 この劇団でもうひとつ、忘れてはいけない存在が、子役・龍錦(男)、小龍優(女)である。二人とも、舞台に登場しただけで「光を放つ」(華がある)オーラを持っている。多くの場合、舞踊ショーで活躍しているが、芝居でも貴重な存在。「兄弟鴉」では、殺され「お骨」になった後でも、兄(龍新)の胸に抱かれて「瞼の母」に再会する、母・姉を「助けてやれ」と進言する、そんな「役柄」を「いとも自然に」演じてしまうのだ。舞踊ショーでは、小龍優との相舞踊「てなもんや三度笠」は、珠玉の逸品。この二人にしか演んじられない舞台であった、と思う。大昔、「梅沢劇団」の子役(芸名は失念・市川吉丸、竹澤隆子の長男・長女?)が踊った相舞踊・「花と龍」(唄・美空ひばり)の舞台を思いだした。
さて、「関東・実力ナンバーワン」の座を、父・龍千明から引き継ぐために、花形・龍新が取り組むべき「課題」は何か。①これまで身につけた「技」の基礎・基本を踏まえながら、「ふっと、力を抜く」呼吸を身につけること。〈例〉「兄弟鴉」:「どうして堅気の姿で来なかった」と責められたとき、「ふっと肩を落とし、目をつぶり」「涙をこらえながら」、はじめは「弱々しく」「だんだん力をこめて」「最後は誰に向かってということもなく」《こんなヤクザに誰がしたんでぃ》と「客席に向かって」(背後のおはまに聞こえるように)(本当は自分に向かって)叫べるかどうか。退場の場面で「肩をふるわせる」とき、その「ふるわせ方」をどのように工夫するか。「強く・弱く」「大きく・小さく」「速く・遅く」この微妙な組み合わせをどうするか。②女形舞踊で、父・母の「芸風」を継承、レパートリーを増やすこと、③立ち役舞踊で、「いなせな風情」を描出すること、④芝居で「三枚目」を「堂々と」演じること、橘龍丸、恋川純、澤村一馬を超えること、⑤歌唱を披露すること。(2008.9.12)
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2023-06-19

劇団素描・「劇団 新」・《芝居「村祭り」》

【劇団 新】(座長・龍千明)《平成20年9月公演・柏健康センターみのりの湯》
 夜の部、芝居の外題は「村祭り」。山陰地方のある村の話、毎年、嵐が襲来するたびに村の「大切な橋」が流されてしまう。手抜きの工事が原因ではないかと、江戸幕府の役人(花形・龍新)が、部下・マツモトキヨシ(女優・千明みな美)を連れてやって来た。村の川守役(座長・龍千明)が「地形が悪く、よい工事方法が見つからない」と弁明するが、役人は「なんとかせい」の一点張り。居合わせた床屋(立花智鶴)が「人柱を立ててみたら」と提言する。役人は「ウン、それはよい。すぐに人柱を探せ」と二つ返事。かくて川守役に奉公していた長助(子役・龍錦)に白羽の矢が立った、というよりは、孝行息子の長助、日頃の母(秋よう子)の教え(御主人様のために命を捧げなさい)に従って、自分から志願したという次第・・・。子役・龍錦の「初々しさ」「健気さ」、母親役・秋よう子の、素朴で温もりのある「表情」、それでいて「せがれよ、よくやった」という「芯の強さ」を感じさせる「風情」が、悲劇の眼目を際だたせる舞台を作っていた。花形・龍新は、いつもと違って「敵役」、「みんなでよってたかって、自分を悪者扱いする」とぼやいて(その様子が何とも可愛げであったが)、袖に引っ込もうとする瞬間、何かに躓いてひっくり返る。そのタイミングといい、表情といい、まさに「絶妙」、「自然な三枚目」を描出できたのも、天性の「実力」とでもいえようか。その素質は十分と見た。
村々の祭り村々の祭り
(2012/09/13)
折口 信夫

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2023-06-15

劇団素描「劇団 新」・《芝居「若き日の唐犬権兵衛」》

【劇団 新】(座長・龍千明)〈平成20年9月公演・柏健康センターみのりの湯〉
この劇団はすでに見聞済み。関東の劇団(東京大衆演劇劇場協会所属)の中でも、最高の実力を備えているように感じる。しかし、舞台は「水物」、その実力を発揮できるかどうかは、その時の条件(劇場の雰囲気、客の反応等々)に左右されることになる。7月公演(小岩湯宴ランド)の芝居「雪の夜話」は最高だった。その時の感想は以下の通りである。
 〈夜の部、芝居の外題は「雪の夜話」、小諸の百姓兄弟の兄(秋よう子)が「鷹狩り」に来た三千石の大名に気に入られ、奉公。さらに、その娘(立花智鶴)にも気に入られて婿養子に。兄弟の父(座長・龍千明)も大名家に「舅」として迎えられたが、実際は、嫁からいびられて「下男」扱い、その「いびられ方」が天下一品、いびっている嫁(立花智鶴)の方が「吹き出してしまう」様子で、抱腹絶倒。筋書きとしては「悲劇」だが、景色としては「喜劇」という、まさに「至芸」そのものの舞台であった。芝居の「実力」(冴え)においては「関東随一」といっても過言ではないだろう。筋書きは、兄のために人を殺めて島流しにあった弟(花形・龍新)が登場、その諫言によって兄・兄嫁が「改心する」という大衆演劇の定番で、ハッピーエンド。「関東風」の「教科書」を観るような舞台ではあった〉。
 今回、昼の部は「大入り」で、客席に立錐の余地がないため観劇は断念。夜の部、芝居の外題は「若き日の唐犬権兵衛」。筋書は、歌舞伎「幡随院長兵衛」の後日譚、町奴・唐犬権兵衛(花形・龍新)の恋女房・お蝶(千明みな美)に、旗本・青山主膳(座長・龍千明)が横恋慕し、湯島天神に呼び出すところから始まる。亡き長兵衛から「くれぐれも旗本とはもめ事をおこさないように」と遺言されている権兵衛、主膳の「いやがらせ」を辛抱しているうち、子分・仙太(立花智鶴)はおろか、お蝶にまで「離縁」される始末。最後に残った腹心の子分・宮の伝蔵(ゲスト出演・大門力也)も思い余って「単身の殴り込み」、しかし、多勢に無勢の「返り討ち」あえない最後を遂げてしまった。今では、主膳のもとにかしずき、縁談を申し込むお蝶、得意満面の主膳と盃を交わしながら・・・と、思いきや、突然「亭主の仇!額の割返しにやって来たのさ」「畜生、謀りやがったな!」と、たちまち始まる「立ち回り」、定番通り、押っ取り刀で駆けつける権兵衛と、なぜか仙太まで・・・。かくて主膳は討たれて終幕。「特選狂言」と銘打った舞台であったが、この芝居の眼目は奈辺にあるのか。権兵衛、お蝶、伝蔵、いずれもが「主人公」であるような、ないような・・・。しかし、思わぬ収穫、若手女優・千明みな美の劇中歌(といっても、「都々逸」のほんの一くさり)を聞けたことは幸運であった。
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2023-06-14

劇団素描「劇団 新」・《芝居「三人出世」》

【劇団 新】(座長・龍千明)〈平成20年9月公演・柏健康センターみのりの湯〉                                    芝居の外題は「三人出世」。大衆演劇の定番。河内で育った三人の幼友達が、揃って江戸に赴き、「出世」を争うという話。「三年後に日本橋で会おう」と約束して分かれたA(立花智鶴)は「金貸し」、とB(龍千明)は「岡っ引き」の子分になることができたが、C(龍新)だけは、「運悪く」盗賊の手下に・・・。万事、要領の良かったAはともかく、「のろま」で足手まといだったBが岡っ引きの子分になれたのは、親分(大門力也)のおかげだろう。それにしても、一番「若々しく」「運動能力抜群」だったCが、今、世上を騒がす「怪盗・サダキチ」になり果てていようとは・・・。まさに「助けてくれたお人が、悪かった」としか言いようがない。この芝居の眼目は、「恩」。人間、出世するのも「恩」、破滅するのも「恩」、人との関わりを大切にすればするほど「義理」(御恩・奉公)に縛られてしまう、根底には「罪を憎んで人を憎まず」といったヒューマニズムが流れているに違いない。人よりも「金」との関わりを大切にした(Cの有様を嘲った)Aに、Bが話しかける。「幼いとき、おまえが川でおぼれかかったのを助けてくれたのは誰だったか、一番、すばしこかったCではなかったか。Cが助けてくれなかったら、今のお前はない。その恩を忘れてはなるまい」じっと、目をつぶって聞いていたA、引かれて行こうとするCお前に土下座して号泣する。「私が悪かった。許して・・・」
 のろまで「足手まとい」、とぼけた風情を、座長・龍千明は「藤山寛美もどき」で演じていた。ある時は、関東風の「南道郎ばり」、あるときは関西風、なんでもござれの芸風は「名優」への道を着実に歩んでいる。
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2023-05-01

劇団素描・「劇団新」・《新座長、芝居「兄弟鴉」「雪の夜話」の出来栄えは?》

【劇団新】(座長・龍新)(平成22年2月公演・川越三光ホテル小江戸座)                                                座長が龍新にかわって初めての見聞である。前座長は父親の龍千明、今は後見・太夫元となって名も龍児と改まった。この劇団、東京大衆演劇劇場協会に所属しているが、芸風は細やかで、時代人情劇、人情喜劇も巧みにこなす。龍児とその妻・秋よう子、ベテラン女優・立花智鶴ら「実力者」に混じって、息子の座長・龍新、弟・龍錦、女優・千明あさ美、千明みな美といった面々に、今回は北條嵐も加わるとすれば、文字通り役者に不足はない。芝居の外題は昼の部「兄弟鴉 瞼に浮かぶ母」、夜の部「雪の夜話」、前者は御存知、任侠物「瞼の母」の兄弟版。見どころは、助っ人稼ぎの喧嘩場で死んでしまった弟(龍錦・適役)の遺骨(白布に包まれた箱)を胸に抱いた新太郎(龍新)の艶姿なのだが、「絵になる」ためには「もう一歩」、仇役の太夫元・龍児から「なんだ、弁当屋か」とからかわれていたが、さすがは後見、骨箱の「扱い方」が「今ひとつ」もの足りないのである。同じ骨箱でも、母・お浜(秋よう子)に抱かれると景色は一変、まさに魂が甦るといった風情で、「実力」の違いがまざまざと浮き彫りされる場面であった。骨箱は骨箱であって骨箱ではない。母に焦がれて死んでいった「弟」の化身でなければならない。さすれば、いとしく包み込むように、大事に大事に扱わなければならないはずなのだ。そこらあたりが、新座長・龍新の課題かもしれない。夜の部「雪の夜話」は、この劇団の極め付き。武家の婿養子となった長男(北城嵐)の嫁(立花智鶴)に、いびられるだけいびられる親父(龍児)の話で、その「いびり方」「いびられ方」が絶妙、まさに意気のあった「漫才コンビ」のようで、この二人ででなければ描出できない場面の連続なのである。嫁と親父の「やりとり」を見聞していた長男、というよりは(ゲスト出演の)北城嵐が思わず噴き出し「あなたたち、本当は仲良しなのでは・・・」とつぶやいてしまうほど、抱腹絶倒の舞台であった。
 劇団にとって「座長交代」は一大事、以前と比べて「遜色ない」出来栄えであったが、やはり名優・龍千明が取り仕切っていた舞台とくらべれば、「まだまだ」という感じで、多少の寂しさを感じながら帰路についた次第である。
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